2005年12月17日

最近涙もろくなった

今日病院へ行ってきた。
母の入院後初めてだ。この間電話もしてない。

病院へはまず地下鉄谷町線で守口から天王寺へ(310円)、天王寺でJRに乗り換え大和路線で志紀まで。(210円)合計片道520円。乗り換えがスムーズにいくかにもよるが1時間前後かかる。車椅子を押していくときは一時間半はかかると思っていたほうがいい。

家を出るときは晴れていたのに八尾(志紀のある市)着くと空は今にも降りそうな様子だった。
今日の目的は、見舞い・様子見はもちろん、入院時に必要だった書類の提出と先週から渡すのが遅れているこづかい(毎週金曜日・週2000円)を今週分とあわせて4000円渡すことだった。
本当ならこれとは別に洗濯代の実費をあげなきゃいけない。が今その余裕は無い。

2週間近くほったらかしで連絡もしなかったので心配だ。

病院に着くとまず受付で必要書類を渡し、入院費の話になる。入院費はほとんどかからないと思っていたが、なんだか話が違う。月曜日に市役所や、関西医大に確認をとらなければならなくなった。この時以前のように入院費が滞らないようにと釘を刺される。しかし思っていた以上にお金がかかるかもしれないことがわかり、少々困惑してしまった。まあどっち道今の状況では払えない。

続いて見舞いの申請をして、母のいる病棟の3階へエレベータで。
母を呼び出してもらって面会室で久々の再会。
ずいぶん落ち着いた様子だったが調子を聞くと良くないという。独り言が多くて他の人に迷惑をかけるので一人部屋に移されたそうだ。そして2週間もほったらかしていたことを詫び、現在の経済状況の苦しさを伝えた。すると母がポツリとひとこと。

『なんで、いつもこうなるんやろ』

その言葉を聴いた瞬間私は涙があふれてきて止まらなくなった。
母へのすまない気持ちと自分自身への情けない気持ちでいっぱいになった。

『今こうなったのは全部オレの責任や』
『本当につらい重いさせてごめんな』

これだけ言うのがやっとだった。
母は
『泣きなんなや』
と頼むようにひとこと。

入院前錯乱状態一歩手前で、あれだけ荒れていた母が、恨み言ひとつ言わず、昨晩はオレがどうしてるか、ちゃんと食べているのか心配なのと、さびしいのとで眠れなかったという。

私は涙がしばらく止まらなかった。

落ち着きを取り戻し、今のままだと正月に外泊するのは難しいということ、電気がもうすぐ止まりそうだという事、携帯電話ももうすぐ止まって連絡が取れなくなるかもしれないという事
、病院にいた方が3食心配ないし、電気の止まった家よりよっぽどいいということを伝えた。

本人もその点は納得してくれたようだ。
正月三が日だけでも家につれて帰りたかったが、それも無理なのか?本当に情けない。

その後しばらく話をした後小遣いの2週間分4000円を渡して、帰ることを告げた。6時になるころだった。本当は病院で月に一回やってくれる散髪代1500円も欲しかったようだが我慢してくれるよう頼んだ。もう入院前から2ヶ月以上散髪もさせてやってない。本当につらい。情けない。

母はオレのことを信じて2年ちょっと前田舎から大阪に出てきたのに。
オレしかもう頼る人間がいなくなって、今の家を終の棲家と覚悟して出てきたのに。

そして席を立った。すると母が

『あんた、死になんなや』

私は声を出して答えることが出来ず軽くうなづいた。
すると母は

『はっきり言うてくれんとわからん。死になんなや』

私は声が出ず、母が再び

『死になんなや』

私はうなづくことしか出来なかった。
急いで病棟を出た。

外はも真っ暗だった。冷えきった道を急ぎ、運良くすぐ来た電車に乗った。
席につき来る時にもらった無料求人誌を見る。それでも母のことを考えてしまう。
電車に乗って少ししてから再び目に涙があふれて止まらなくなった。
天王寺に着くまでずっと顔を下に向けたまま、鼻水をすすりながら。





posted by かも at 22:38| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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